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じらしの極意

相手をじらすのは大好きだ。
耐えるけど耐え切らなかったときに
妄信のように従順になるその瞬間が好きだ。

決して触れず、言葉攻めをし、体温は感じても
触感のない重圧を味わせるのが好きだ。
せつなくて涙を流し始めたら、一気に望みを叶えてやり、
悦に浸る相手の顔を見ているのが好きだ。



…一見、Sに見えるかもしれない。
だが自分にこれをされたとしても、「好きな行為」であるため、
MであろうとSであろうと、どちら側にいても好きなのだ。
だから「じらす」のが好きなのではなく、
「じらし」そのものが好きなのだ。

触れられそうで触れられない感覚。
ぱんちらが好きなのも、その先を決して見ることが
出来ないからこそ「じらし」が発生する。だから好きなのだ。

永遠に尽きることのない悦楽
無尽蔵に蓄積されていく欲望
それが、好きなのだ。


これは、【チラリズム】の根源が【じらし】であることを想起している。
つまりは、私の見解が広がったと見て良い。
今以上に、世界は広がる。
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