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ロリグに暁の護衛のPRを発見

100124暁の護衛のPR
知っているゲームがこういう形でPRされているのを、初めて見た。
しかし、表向きはただのお嬢様系のゲームに見えるが、
内容は緑川光のロンリーウルフ山彦節と、大花どんによるスカイテンプル空間による
どつき漫才がメインである(独断と偏見)

不敵な笑みと超落ち着いたトーン(ときどき真逆になるが)だったり、
影の薄いネトゲ廃人だったり、
ボディーガードとそろって超大馬鹿だったり、
大空寺だったり、
おじいちゃんのほうが何倍も面白かったりする人たちだ。

PRに書かれていることの半分が嘘。
このPRの最後のところなんてまるで嘘。
「短く返した海斗の言葉は、僅かに熱を帯びていた。
それは、今までに想像もしたことがなかった、守りたいと思わせる魅力を持った少女。」
なわけがない。 日常生活に飽き飽きしていただけで、
関われば面白くなりそうだから関わった。それだけだ。

ぜひ、PRというものは半分か1/3だけを信じるようにして欲しいものだ。
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今後やろうとしているもの

現物としてまだやっていないものをやらず、
過去にやったものをやり直すというのはいかがなものかとも思うが、
まぁ、それはそれで私に対するフラグがないというのも真実(意味不明


というわけで、そろそろクロハ(CloverHeart's)でもやり直そうかと思う。
初回は色々と好きだったが、やりこむにつれて
色々嫌いになった作品である。
特に白兎と玲亜のバカップルぶりにである。
逆に言えば、白兎と莉織のツッコミ担当な二人のコンビのほうが
個人的には好きだった。(玲亜とちまりが胸の大きさについて争うところを見ている二人とか)

後は、円華の弟、賢治が『まどかぁ~』と言うたびに大笑いしていた
記憶がある。間寺司さん大好きです。

白兎と玲亜が嫌いなため、当然夷月ルートのほうを
選ぶ形になってしまうのだが、こっちはこっちである意味バカップルではある。
というかクロハ=バカップルだという説も。

あと、立ち絵はいいのにCG絵がへたくそだと思うのは私だけだろうか。
ちまりだけかろうじてうまく描けてる気がするが……。


しかし音楽はとてもいい(純愛系(?)のエロゲはどれも曲がいいと言えるが)。
当時の着メロはCloverHeart'sだった。
というかその世代の携帯では
CloverHeart'sと、CLANNADのメグメルの2曲しか持ってなかった。
ストリングスというのか?バイオリンというのか?
とにかく曲の入り方に惚れたのだ。


そんなわけで、どれほど時間がかかるかはわからないが、
やってみようと思う。
クロハは記憶ではかなり長い作品だった気もするので、
気長にやる必要があるだろう。

TWで検索してtwitterがヒットする歯がゆさ

twitterってなんだよって思ったので調べてみた。
どうやらFC2 PIYO のミニブログのようなものみたいだ。
目的としては、誰かのつぶやきに大してゆるーく反応する集まり かな。

wikipedia見てみたら、類似サービスのところに『FC2ミニブログPIYO』があった。
やはり予測は当たっているらしい。

基本的にPIYO使ってないというか、長文の多い私には
あんまり合わないサービスだったので、あんまり利用していない。
それに、ちょっとしゃべるんならチャットをすればいいのだし。
チャットを記録として残したいのなら、掲示板に書けばいいのだし。
あぁでも掲示板とは空気が違うか。
掲示板よりは、なんというか『使命感』が薄くて、とてもゆるい。
そんな手軽さがある。 いいことだ。

デジタル派?アナログ派?

私の個人的な意見からして、結論から言うと
アナログとデジタルのハイブリットなわけだが(欲張りか?

世の中何もかもデジタル化していいのかどうかとか、
かといってアナログもどうかとか、
そんなことを考えていきたい。


デジタルの利点?
・データが整理しやすい?
・間違ったときの編集がやりやすい?
・物理的な管理場所の削減?

全部がハテナなのは、まぁよくわかってないからです。

アナログの利点?
・直感的に見やすい?
・機械が苦手な人への需要?
・電気がいらない=場所を選ばない?


まぁ、それぞれの特性においてケースバイケースなんだが、
だからこそデジタルとアナログはお互いの弱点を
助け合っていけるようにしたほうがいいと思うのね。
時代はハイブリットですよ。

どちらがどのような状況下において有利かは、
テーブル化して羅列する必要があるかもだけど、
めんどくさいのでやらない。

例えば本と電子書籍で比べる場合どうか、とか。
電子書籍というか携帯でもいい。
携帯で本を読めるようになったとしたらどうか。
ま、画面がちっちゃいとか、操作めんどいとかあるかも。
本の場合はその点読みやすさはあるけど、
持ち運びの際に重かったり、
片手で読むのも難しい環境だったりと、
やはりそれぞれにメリットやデメリットがある。

そこで、デジタルをアナログに近づけようという動きもあったりする。
本のように手軽に扱える電子書籍なんかはそうだろう。
あれは本の形に近づけることにより、アナログである本の特性を
生かそうとしている。(これをハイブリットと言えるのかは微妙)

まぁ、完全にアナログを再現するのは無理だろうが。

では、アナログである本を補助する形として、デジタルに出来ることはなんだろう?
デジタルでアナログを再現するのではなく、デジタルでアナログをサポートする方法。
そんなものがあるのだろうか?

では、アナログである本のデメリットはなんだろう。
・複数あると重くてかさばる
・水、火などに弱い

んー、こんなところか?
複数あると~ は、デジタルなので1つの端末に
何万冊とデータを入れることができるだろう。
(処理速度等のパフォーマンスは…まぁ、今後の技術発展に期待。
 ちなみに最近機種の携帯でも十分遅いと思っている。)

水、火は、もしかしたらサポートできないかもしれない。
耐火、耐水加工は出来るだろうが、限界はあるだろう。

デメリット項目に対して、対応できかどうかを○△×で表すとすると、
・複数あると重くてかさばる ○
・水、火などに弱い △

重くてかさばるはクリア。耐火、耐水は微妙。

次に、デジタルのデメリットを上げてみよう。
・電源を必要とする
・操作を覚える必要がある
・本のように感覚的にページをめくれない(47ページ後辺りをぱっと開くような操作は難しいかも)


あと、耐衝撃性とかあるけど、2mの高さからコンクリートの上に落下させても
100回以上は耐えれるぐらいあれば信用できるかもしれない。大げさか?
人はそんなに回数、本を落とさないと思うし。
まぁ、落としたら多少の傷がついてしまうかもしれないがそこはお察し。

まず電源だけど、本と違って長年どこかにしまっておいて、
急に読みたくなったとか思って開いたときに電池(?)が切れている場合は、
本のほうがいいなぁとか思ってしまうかもしれない。
まさか長年しまう予定のものをずっと充電しておくわけにもいくまい。
携帯の充電器の消費電力だってバカに出来ない。

この点からすでに、本をあまり読まない人にはお勧めできない物になっている。
手出ししにくいというのは結構売上に影響あるかと。
この本50円だし、タイトルも面白そうだしちょっと買ってみるか、
なんてことはできなくなるだろう。
まさか専用端末を、目的の本もなしに買って、
50円の書籍データをダウンロードしてはい終わり。
というわけにもいかないだろう。こういう端末は携帯並かそれ以上に高いに決まってる。

とにかく、電源、充電する必要があるデメリットは致し方ない。
これまでの携帯のように扱うことで妥協してもらうしかない。
ソーラーパネル付きなんてものがあるが、
そんなに日の下にいることもないので使えなさそうだ。

まぁ、でも週に1回読む程度の人が扱うくらいなら、
充電は持つかもしれない。技術的にすでに可能である。たぶん。


次に、操作を覚える必要があるが、
これはその専用端末を作った企業による。
電子書籍を本屋でダウンロードか?
あるいはその端末で検索してダウンロードか?
はたまたカードリッジを差してインストールのようなものか?
いずれにしても、次のページ、前のページを開く操作や、
本を選択する操作、ネットにつなげられるなら
語句を入力する必要がある、すなわち文字を打てる操作パネルもあるし、
その扱い方も覚えなければならない。
携帯からブックの機能以外全部取り外した状態を
思えばいいのだろうか?まぁ、そこらへんはやはり
製作した企業による。
操作することが少なければ少ないほどわかりやすく手をつけやすいが、
出来ることは少なくなるだろう。
その度合い、調節をしていき、それぞれ重点の違う製品を
開発していくのが流れだろうな。

最後に、感覚的にページをめくれない。というのがある。
本を手に取り、適当にぱらぱらめくることだってある。
物語が1ページ目から始まるからといって、
必ずしも1ページ目から強制的に読ませるのも、何か違う。
アナログの本というのはどれも強制力などはない。
買ったものは自由に読めなければならない。
姿勢正しく読むものや寝転がって読むものもいるので、
それなりの大きさや、どんな体制でも扱いやすい操作パネル等、
工夫しなければならない。
ページを自由に適当な場所にとどめて読むシステムは、
まぁ練れば出来るかもしれない。


ということで、対応できるかどうかを予測として○△×でやってみると。
・電源を必要とする △
・操作を覚える必要がある △
・本のように感覚的にページをめくれない △

全部△である。
電源もとてつもなく長時間電池を保ち続けるなら
それほど不満もないだろう。
1ヶ月保てる電池が目標かもしれない。

操作も、企業による。そして製品のコンセプトにも左右される。

感覚的にページをめくる技術。それは操作性にも関連してくるが、
絶対に出来ないというわけでもない。たぶん。
持ってる指の力加減でページを飛ぶ枚数を制御できるとか、
そんな感じか?


今回はデジタル、アナログを本で例えてみたが、
これらのデメリットをつぶしていく方法を考えていかなければならないと思う。
本に限らずどんなものでも。


ようするに
『全部デジタル化』なんてもうまっぴらごめんなのである。
車の窓は手動でも自動でも開けられるようにしてほしい。
そう、私は切に願う。
アナログの良さを残し、デジタルを普及してほしいのだ。
やはり、欲張りだろうか?

価値観と個人

誰しもが持つ価値観は、それぞれ同じように見えても微妙にずれている。
または、まったく違う価値観同士では、お互いに理解し合えない。
まぁ、まったくもって当然のことだが。

人に自分の価値観を否定(または否定と捉えてしまう事象)されても、
すぐに変えることは難しい。

自分の価値観を『嘘』だという否定。
逆に、自分の価値観をどうしたら相手に『真実』だと伝えることが出来るのか。


例えば『結婚しないほうがいい』という価値観と、
『結婚したほうがいい』という価値観には、それぞれその価値観を持つ理由がある。

生物学的(?)に見ても、きっと結婚し、子を産み、育てるほうが
幸せであるという人は大半(?)である。
((?)が多いのは、私が結婚しないほうがいい派だからだ)
そういった人の場合、やはりこの幸せを共有する、またはもったいない(?)という
考えもあるだろう。

一方、結婚しないほうがいいという人は、どのようなことが幸せなのか。
一人のほうが気楽だの、金銭面だのいろいろあるだろうが、
やはり、それはそれでその人独特の真理であるに違いない。

結婚している側(子を持っている側)が結婚しない側に持つ感想や感情は、
結婚というのが幸せであるという実体験、真実を元に計算された
揺ぎ無い情報であり、それを信仰として価値観と成す。
絶対に幸せになる方法があるなら、それはぜひ人にお勧めしたいだろう。

が、しかし。
子を持つことをよしとしない人種がいるのもまた事実。
事実というのは、育児に疲れた母親が子供を殺してしまったり、
虐待などの行為が事件としてニュース等で報道されていることを言っている。
子供が嫌いなのに子供は持てないだろう。
むしろ、子供が嫌いだと正直に言えるだけまだブレーキがかかっている。
そういった、生理的に受け付けない人種もいるにはいるのだ。

また、共同生活自体もよしとしない人種がいるのもまた事実。
事実の列挙は省略するが、自分がそういった『レアケースではないか』
という不安もあるのだ。

もとより、ルックスや性格上の問題で、結婚以前の人もいるが、
それはそれで、自分の醜さなど重々承知であろう。(承知じゃない人はお察し)

結婚している側の価値観は、その結婚している人にしかありえない事実。
結婚していない側の価値観は、その結婚していない人にしかありえない事実。
それぞれの事実が異なるのは至極当然のこと。十人十色とはこういうときに使う。

「結婚したほうがいいですよ!」 この言葉には、結婚や子を作ることが
どれだけすばらしいかを示した言葉。
しかし、そのルールは個人にしか適応されないことを、本人は知らない。

「独身は気が楽ですよ!」この言葉には、結婚した後に来る障害や、
自分自身の精神的障害を見据えた言葉。
しかし、そのルールは個人にしか適応されないことを、本人は知らない。

「まずは結婚してから、家族がいいか一人がいいかを決めればいい」なんて言葉もある。
しかし、人は基本的に穢れを嫌う。
間違ったことなど犯したくない心理が、人を前に進むことを許さない。

価値観の違う二人、それはただの運命の違い。


「雨が降る中、傘を差さずに歩く人がいてもいいじゃないか」
何がいいかはわからないが、直感的にそう思う。
人が生きるための総合マニュアルはない。
だが、自分自身のマニュアル、つまりオリジナルの価値観を
作り出している。これは、確実に個人に一つ以上作られる。

電子レンジを買ったときに冷蔵庫のマニュアルが入っていても
意味はない。当然、入ってたら文句を言うだろう。

人から影響されて自分で自分のマニュアルを直すことはあっても、
人が勝手に自分のマニュアルを強制的に直すことは出来ない。


まぁ、そんな感じなんだと思う。
内容ぐっちゃぐちゃだなぁ。ま、それがいいというのも私の価値観。
無論、その他異論は受け付ける。反映するかは私次第だがね。

ロリ好きとロリコンの違い

前回と同じような感じに行く ロリコンについて、wikipediaより転載

>ロリータ・コンプレックス(英語: Lolita complex、短縮形:ロリコン)とは、
>幼女・少女に対する(主に成人)男性の性的または恋愛的関心・性嗜好をいう。
>類義語に小児性愛(ペドフィリア)がある。

>短縮形「ロリコン」の場合は、そのような性的嗜好を持つ人も指す。
>和製英語ではないが、英語圏ではあまり使用されず、主に日本で用いられて来た。
>近年は、日本語での rorikon を英語化した 「lolicon」の形で、
>逆に輸出され海外でも使われている。
>語源は、中年の男性が年の離れた少女を愛する、
>ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ (Lolita)』に由来する。


性的という言葉はわかる。
恋愛的関心・性嗜好という言葉がちょっとよくわからないがたぶん、
恋愛感情を抱く対象・フェティシズムのようなもの かと推測。

性的or恋愛対象orフェチのいずれかでロリを見ているのならば、
それはロリコンである ということなのだろうか。
だがしかし、性的でも恋愛対象でもフェチでもないが、
ロリが好きな場合はどうしたらいいだろうか。

ロリは基本可愛いのが多いから好きなのである。
もし、ロリが可愛いという趣向=ロリコン=少女性愛 という式が成り立ってしまったら、
猫好きは猫に恋愛感情でも求めるのだろうか?
なので、ロリ好きとロリコンには大きな違いがあると見てよい。


具体的にどう違うのか。

まずは可愛いについて、wikipediaより転載

>一般に、大きいものより小さいもの、角張ったものより丸いものが
>「可愛い」と評価される傾向がある。
>これは赤ちゃんが持つ特徴であり、「可愛い」は幼いもの、
>小さいものに対する情愛や愛着などを表現する意味合いが強い。
>そのため、恋人などを「かわゆく」思う場合は別として成人に使う場合は失礼とされた。

>しかし、現代においては、主に若年層が人物に対して「かわいい」と表現する場合、
>対象者の年齢・社会的地位などに対する敬意表現はほとんど考慮されず、
>目上の高齢者や成人男性、場合によっては、
>神仏の像や天皇に対して使用される例も散見される。


情愛や愛着という言葉に性的な意味合いがあるかどうかはわからんが、
相手を思ってこその『愛』だと個人的には思っているため、
可愛いという言葉には自分より相手を尊重する意味が含まれているのかもしれない。

ただ単に『愛着』と思ってしまえば、小動物に対しての可愛いという表現は
かなりわかりやすい。
ロリが可愛いとは、ロリに対して愛着がある と言える。

ロリに対して愛着=ロリコン=少女性愛 という式は成り立たない。
愛着という言葉は生物以外にも適応できるからだ。
まさか、バイクに対して愛着=バイク性愛 なんてとんでもないことには
ならないはずだ。

ロリ好きはロリ以外に対して否定的ではないが、
ロリコンはロリ以外に対して否定的である。
これも判断材料になりえそうだ。

しかし、むしろロリ好きではなく、
これは『可愛いもの好き』に分類されるのではないだろうか。
ロリ以外に対して否定的ではない=
ロリ以外でもそれが可愛いと思えばその属性も好き
とも言える。

ロリコンはロリに対する一直線の愛情表現だが、
ロリ好きは実はロリだけじゃなく、
広義的な意味での好きの『一部分』だと言える。


まとめると
ロリコンは一途で硬派(性的な意味合いも持つ)。
ロリ好きは一途じゃなく軟派(性的な意味合いを持たない)。

とまぁ、なんかイメージ変わりそうなまとめになってしまった。

そもそもロリコンと呼ばれている人はそのほかにも
好きな対象はないのだろうか?
つまりはコンプレックスというものは複数存在しえるのだろうか?
それはまたいつか、考察してみよう。

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中二病と厨房の違いと、いわゆる『かっこいい名前』について

まず中二病について、wikipediaから転載

>中二病(ちゅうにびょう)とは、思春期の少年にありがちな、
>「微妙にずれた自意識過剰やコンプレックス」、
>それから転じて起こる数々の
>「日本の教育制度における中学2年生(14歳、ティーンエイジャー)位の年代にありがちな言動」
>を小児病に引っ掛けて揶揄したもの。

>伊集院光がラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』の中で用いたのが最初とされる。
>「病」という表現を含むが、実際に治療の必要とされる医学的な意味での
>「病気」または「精神疾患」ではない。


>思春期の少年が子供から急激に大人になろうと無理に背伸びをして、
>「大人が好みそうな格好のいいもの」に興味を持ち始め、
>「子供に好かれそうなもの」、「幼少の頃に好きだった幼稚なもの」
>を否定したりするという気持ちが要因である。

>こういった感情から「もう子供じゃない」、「(格好の悪い)大人にはなりたくない」
>という板ばさみからくる行動が、実際に大人になってから振り返ると
>非常にピントが「ずれ」ており、滑稽さや気恥ずかしさを感じることが
>大きな特徴である。

>他人の視線や自意識を過剰に感じたり、
>なおかつその他人が自分を理解していると思い込むことが多い。

>よって、その少年期の思い込みが大人になってからの
>客観的な回顧とに「ずれ」が生まれやすい。



次に厨房について、wikipediaから転載

>インターネットスラングとしての厨房(ちゅうぼう)は、
>インターネット上で幼稚な発言や行動を行う者を指す蔑称である。
>中学生を指す「中坊」から隠語化され「厨房」となった。
>「厨」と略されることもある。

>もともとは、中学生を指す俗語中坊(中学坊主もしくは中学坊やの略)
>の事を指す言葉で、中学生のように幼稚な発言や行動をする者に対して
>「お前は中坊か」などと使われていたものであるが、
>誤変換による隠語を用いることを楽しむアンダーグラウンドの
>インターネットユーザが「厨房」と変換して用いるようになり
>こちらが普及するに至った。

>単体で罵倒語として用いる「厨房」は現在では
>「中二病」に取って替わられた感もあり、かつては「厨房」と
>指摘されていたところが「中二病」(あるいは「厨二病」と混在させて)と
>使われているようにも見られ、「厨房」は後述の呼び方の派生によって
>用いられるのが主流となりつつある。

>厨房では「中学生みたいだな」としか使えなかったが、
>中二病ではさらに「病気」であるというレッテル貼りとしても
>使えるようになったからであると思われる。

>この場合中二病として元々定義されていた自分を大人に見せるために
>背伸びするという意味はなく、ただ幼稚で単純であるという
>厨房としての意味がそのまま用いられており、
>最近では中二病そのものにも同様の意味が定着してきている面がある。



少し認識がずれていたかもしれないが、
私が普段使っている、いわば『かっこいい名前』とは、どれに分類されるだろう。
(神剣や聖剣といった類である)

>「大人が好みそうな格好のいいもの」
むしろ大人といっても千差万別。
疎い者もいるし長けている者もいる。

>「子供に好かれそうなもの」、「幼少の頃に好きだった幼稚なもの」を否定
子供という定義の具合によるが、
例えば『アンパンマン』よりも『遊戯王』が好きだ、というレベルの話だろうか?
しかし、私が提唱する『神剣』は別にアンパンマンを否定していない。
ちなみにアンパンマンは見ていて面白いというか深い。

>滑稽さや気恥ずかしさを感じる
現在大人と言われる歳であるが、まだその時期は
来ていないようだ。あるいは中二病でさえない?


以上の点から見ると、もしかしたら『神剣』や『聖剣』といったものを
好むことは中二病とは直接関係ないのかもしれない。


>中学生のように幼稚な発言や行動をする
ゲームの世界にあるものを想像したり、その価値観を相手に
押し付ける部分はあるため、『神剣』等は
『中学生のように幼稚な発言』に当たる。

しかし後述のように、
『かつては「厨房」と指摘されていたところが「中二病」
(あるいは「厨二病」と混在させて)と使われているようにも見られ』ているため、
そもそも 厨房≒中二病 であり、中二病が厨房の意味を継承する形であるなら、
呼び方はどちらでもかまわないのかもしれない。


結論として、『神剣』や『聖剣』は幼稚なものであると評価される。
これは、遥か昔の伝説等で語り継がれた物は正当な評価をされるが、
現代の人間がこれを行使するからこそ発生する価値観である。

例として、アーサー王が扱っていたエクスカリバー等は、
物語として一般にも定着されている。
つまるところ、『事実の曖昧さ』や『知名度』、『物語の面白さ、深さ』が
備わっていなければ、聖剣等を用いたストーリーは
幼稚と見られる傾向にある。

エクスカリバーをさらに超える聖剣等、一般人に認知されていない
空想上の物は評価されないのである。



では、『神剣』や『聖剣』は幼稚ではあるが、
幼稚=かっこ悪い のであろうか?

かっこいいという基準も人それぞれだし、
名前だけでその判断をつけられないという人もいるだろう。
もしクギバットで魔王を倒す勇者がいるなら、
そのクギバットはかっこいいのかもしれない。(むしろ勇者の行動がかっこいい)

しかしあえて、名前だけでかっこいいを評価するなら、
厨房『以外』の人にも認められるかっこいい名前とはなんだろうか。


これはまた次回、そもそも『かっこいい名前』という命題自体の
存在可不可も含め、書きたいと思う。

しかし、厨房ないし中二病を自覚している私に
勤まる命題かどうかも不安であるため、参考にならない記事であるに違いない。
どうか生暖かい目で見るか、あるいは目を背けることをお勧めする。

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幽遊白書とか その2

今現在、仙水や雷禅編もようつべにアップされているようだ。
見てみるとやっぱり面白い。1日中見てしまった。
やはりバトル物の王道というのは飽きない。

飛影はクーデレという認識でいいのだろうか。
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